隠れキリシタンと長崎市浦上
幕末の開国後の1864年、長崎の大浦天主堂を浦上(現・長崎市浦上)在住の信者が訪ねてきたこと(「信徒発見」と呼ばれる)から、その存在が知られるようになった。
キリスト教はいまだ禁教であったため、存在を再認識された信者は投獄や拷問によって棄教を迫られ、あるいは全国に配流されるなどの大規模な弾圧にあった(浦上四番崩れ)。
このような状態は諸外国の大非難によって政府がキリスト教を事実上解禁する1873年(明治6年)まで続いた。
潜伏キリシタンの多くは、再宣教の為に来日したパリ外国宣教会によって、祖先の信じたカトリック教会の信仰に復帰した。そのため潜伏キリシタンは定義上現存しない。
■大浦天主堂
長崎県長崎市南山手5番3号